今月のメッセージ

ローマ教皇フランシスコのメッセージ

   第53回「世界広報の日」教皇メッセージ
 「ソーシャル・ネットワーク・コミュニティから人間共同体へ」
「わたしたちは、互いにからだの一部なのです」(エフェソ4・25)

親愛なる兄弟姉妹の皆さん
 インターネットが用いられるようになった当初から、教会はつねに、人と人との出会いと、あらゆる人の間の連帯のために役立つその活用を促進してきました。このメッセージを通してわたしが皆さんに再度お願いしたいことは、わたしたちが互いにかかわり合う存在であることの根拠と重要性についてよく考え、現代のコミュニケーションが広範な問題を抱える中で、孤独でいたくないという人間の思いに、改めて目を向けることです。「わたしたちは互いにからだの一部なのです」

 その答えは、からだとその部分という第三の隠喩から引き出すことができます。それは、聖パウロが人間の互恵関係を表現するために用いたことばであり、各部分が一つとなって有機体を形作っていることに基づいています。「だから、偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。わたしたちは、互いにからだの一部なのです」(エフェソ4・25)。互いにからだの一部であることは深遠な動機であり、使徒パウロはその動機のもとに嘘を退け、真理を語るよう呼びかけています。真理を守る責務は、交わりの相互関係を否定しないという要求から生じます。真理はまさに、交わりにおいて明らかにされます。それに引きかえ嘘は、自分が一つのからだの一部であることを、利己的に拒絶することです。自分自身を他者に差し出すことを拒むことにより、自分自身を見いだす唯一の道を見失っているのです。

 からだとその部分の隠喩は、交わりと他者性に根差す自らのアイデンティティについて省察するよう導きます。キリスト者としてわたしたちは皆、自分がキリストを頭とするからだの一部であることを自覚しています。それによってわたしたちは、競争相手になりうる存在として他者をとらえるのではなく、敵であっても人として考えられるようになります。自分自身のことを明らかにするのに、敵はもはや必要ありません。すべてを包み込むまなざしをキリストから学んだわたしたちは、かかわりをもち、親しくなるために欠かせないもの、その条件として、他者性を新たな視点でとらえることができるからです。

 人々の間で理解し合い、コミュニケーションをとるこの能力は、神のペルソナの愛の交わりに根ざしています。神は独りでおられるかたではなく、交わるかたです。神は愛です。ですからコミュニケーションが成り立ちます。愛とは絶えず伝えるものですから、神は人と出会うために、ご自分を伝えてくださいます。わたしたちと話を交わし、わたしたちに伝えるために、神は人間のことばにご自身を当てはめ、歴史を通して人類と比類のない真の対話をしておられるのです
(第二バチカン公会議公文書『神の啓示に関する教義憲章』2参照)
        
     (2019年5月26日「世界広報の日」) 

フランシスコ教皇

『今月のメッセージ』 2019年 7月


「夏の日の金魚」
                 
カトリック清水・草薙教会
              
 主任司祭 髙橋愼一神父

和野信彦神父

 「赤いべべ着た かわいい金魚 おめめをさませば 御馳走するぞ。」 …童謡「金魚の昼寝」の一節です。
 夏の日の縁側に置かれた、硝子の金魚鉢に射し込む強い陽光が、揺らめく水文を映し出しているのを、何となくと見つめながら、砂粒が紛れ込んでいる床板に幼い日の頬を押し付けて、自分もまた一匹の金魚になったつもりでいましたが、やがて、汗ばんできた首筋を上げて、狭い裏庭を吹き抜けていく心地よい風を身に受けておりました。

 昭和の時代に、子供時代を過ごした皆さんの中には、同じ様な思い出が記憶の隅に、かすかに残っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
小学校3,4年生の頃の事ですが、教室の後ろのロッカーの上に、小さな水槽が置かれてあり、自分たちのクラスとして、金魚を飼っておりました。
ところが、ある日、金魚が死んでいるのが見つかり、しかもその原因が、当番の児童の、餌のやり忘れ(私ではありません。)ということで、「生き物を餓死させてしまったことにしっかりと向き合いなさい」と担任の女性の先生にクラス全員がひどく叱られたのでした。

 その時は、子供心に「僕まで叱られるのは迷惑な話だな。」くらいにしか考えませんでしたが、その体験のせいか、大人になってからは、私にとって金魚は命の儚(はかな)さの象徴の一つにもなりました。
   

   「金魚飼い 命の尊さ 子に教え」
   「小さい手 合わせて孫の金魚塚」

 
ある雑誌の川柳のコーナーに投稿されておりましたが、確かに、生き物を飼育することは、子供の心を育てる一つの方便でもあるのでしょう。高浜虚子の句に「いつ死ぬる金魚と知らず美しき」「生涯の今の心や金魚見る」があり、多くの日本人にとっても金魚というテーマは、人生の歩みの中で、ふと立ち止まり、金魚鉢ならぬ、人の世に漂う自分自身を省みるものになり得るものなのです。金魚のはじまりは、中国南部とされ、2000年の歴史(諸説有り)があるそうですが、中華の地に於いては、金魚の意匠を、「金玉満堂」と呼び、豊かな富の象徴として用いています。

 北京留学中は、可愛い金魚が描かれた茶器などを市中で、数点買い求めた事があり、現在に至るまで愛用しています。私は、実際には見たことがありませんが、この可愛い意匠が、日本では、背中の入れ墨という意外な場所に顔を出すことがあるそうです。
「背中で、吠えてる唐獅子牡丹」ならぬ「背中で、はねてる可愛い金魚」という感じですが、これには、金魚という魚は、「煮ても焼いても喰えない奴」という諧謔味(かいぎゃくみ)が隠されているのです。もっとも、この「煮ても焼いても喰えない奴」を食べてしまった人を知っていて、それは私の父親です。

 ある日の事、家で独酌を楽しんでいた父は、酒のつまみも無くなり、母が外出中という事もあったのか、居間の水槽で飼われていた大きめの金魚を掬い上げて三枚に下ろし、天麩羅にしたのです。
幼い子供であった私は、父の酒のつまみを食べるはずもありませんでしたが、その天麩羅は、コロモを通してうっすらと赤い色をしていたのを今でも覚えています。
こんな事は、さすがに一度だけの事ではありましたが、ユニークな人柄という点では、父は、私の数倍先を行く人生を過ごしていたのかもしれません。やはり、金魚は食材ではなく、金魚鉢の中で、いたいけなその姿のうちに私たちの心を癒す存在であって欲しいと思います。

 ある女性信徒の方から伺ったお話ですが、子供の頃、飼っていた金魚が死んでしまい、悲しみながら庭の隅に穴を掘り、小枝で丁寧に十字架を作って、お墓に添えてあげたそうです、やがて、自分自身が母親となり、自分の子供たちも同じように、死んでしまった金魚のためにお墓を作り十字架を添えているのを目にして、「何も教えてないのに、親と同じことをするのね。」と一種独特の感慨をもたれたそうです。
教会には金魚の埋葬の歌はありませんが、こんな時は、典礼聖歌170番「わたしたちはさかなのよう、かみさまのあいのなかでおよぐ」を歌うのが良いと思います。

    幼子の祈り

       金魚のお墓


更新履歴

2018.05.01

教皇メッセージ「世界召命祈願の日」、和野信彦神父「日曜日に集まるということ」を掲載しました。

2018.05.01

新規公開しました。

カトリック静清地区共同宣教司牧委員会