今月のメッセージ

ローマ教皇フランシスコのメッセージ

 降誕祭に頂点を迎える待降節の歩みが今日から始まります。待降節は、わたしたちに会いに来られる主を迎えるために与えられたときであると同時に、キリストの再臨を待ち望み、そのために備えながら、自分が神を待ち望んでいることを確かめるときでもあります。降誕祭を祝うとき、イエスはわたしたちのもとに戻ってこられます。そのときわたしたちは、イエスの歴史的なご降誕が人としてへりくだった姿であったことを思い起こすのです。

 イエスは、わたしたちがイエスを受け入れたいと望むたびに、わたしたちの心に入ってこられます。そして世の終わりには「生者と死者を裁くために」再び来られます。したがって、わたしたちはつねに注意を払い、主と会いたい望みながら待たなければなりません。今日の典礼は、注意深く待つという、示唆に富んだテーマをわたしたちに示しています。
 
 「気をつけて」いる人とは、世俗の騒音の中でも注意散漫になったり、表面だけを見たりせずに、他の人々のことを何よりも大切にしながら、意識を高くもって人生を豊かに生きる人です。それにより、わたしたちは隣人の涙と彼らのニーズに気づき、他の人々の霊的な力や性質も理解できるようになります。

 気をつけている人は、さらに世界にも目を向け、その中の無関心と暴力に立ち向かおうとします。そして、すでに存在している守るべき素晴らしい宝を喜んで受け入れます。つまり、思いやりにあふれるまなざしを向けることにより、各個人と社会の苦悩と貧しさを認識し、あらゆる小さなものに隠れている豊かさを、主によって置かれた場所で感じることができる人です。
                      2017年12月3日 バチカンにて

フランシスコ教皇

『今月のメッセージ』 2018年11月


ク リ ス マ ス 賛 歌
                    静清地区協力司祭 岡村巌 神父

崔助祭・司祭叙階式

1、   静けき まよなか 貧しうまや、
  満天の星空にひときわ輝く星のもと、
  カナンの地 ダビデの町ベトレヘムに、
  神のみ子イエスが誕生された。
  何という出来ごと、何という喜び。
           ユダの荒野で、野宿している
           羊飼いに 喜びの知らせが届く、
           あらくれた両手を合わせて み子を礼拝、
           また、遠く東方からも マギ(占星術者)たちも、
           礼拝するために。
           今宵クリスマスの祝いに集まり、
           賛美するあらゆる国の人たちに 深い喜びの贈物。
 
2、   神のみ心に従う母 聖マリア
  神から選ばれた 幸せなおとめマリア、
  お告げのみ言葉に“フィアット”(成りますように)と
  全てをゆだねられた。(ルカ1・38)
           その喜びも束の間、権力者の命令に従い
           身重な身で、ナザレからベトレヘムまで120キロの旅。
           糞埃(ふんじん)と悪臭に満ちた馬小屋で、
           神のみ子の出産。
           更に 追い打ちをかけられ エジプトへの逃避行、
           しかし、いつも妻を支える夫ヨセフに感謝し、
           み子の成長と共に味わう母親の情感はいかばかり。
 
3、   神の愛と栄光を世に示す み子イエス
  幼子よ、あなたが世に来られた目的は何、
  そう、あなたの言葉と足跡が全てを示している。
  あらゆる病に苦しむ人たちに「清くなれ」「起き上がれ」と
  力強いいやしの言葉。
         恥に打ちひしがれた罪人へ、「すべてを赦す」のいつくしみ深いゆるしの言葉。
         更に人の忍耐力をはるかに越えた究極の凌辱(りょうじょく)十字架刑。
         その時、全世界の罪は全て贖われ、身代金は充分に支払われた。(マタイ20・28)
  三日目に神の子イエス・キリストは復活し、その栄光が全世界を包み込む。
  今、自分の十字架を背負う人々に、そしてみ心に適った日々を送る信者たちに、神の子の復活の栄光が落花のように、降り注ぐ。
 
  復活の栄光が、父と子と聖霊の名によって
            全世界の人たちに、  アーメン。

 準備の4週間を表わす待降節のキャンドル

救い主は貧しい馬小屋でお生まれになった。

 幼子はインマヌエル(神は共におられる)と呼ばれる

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カトリック静清地区共同宣教司牧委員会