ゴルゴタの丘

今月のメッセージ

教皇メッセージ

2021年四旬節教皇メッセージ
「今、わたしたちはエルサレムへ上っていく……」 
                
(マタイ福音書20・18)

  四旬節――信仰、希望、愛を新たにする時
親愛なる兄弟姉妹の皆さん
 イエスは、御父のみ旨をなし遂げるためのご自分の受難、死、復活を弟子たちに告げることで、その使命の深い意味を明らかにし、この世を救うために協力するよう呼びかけておられます。

 復活祭へと向かう四旬節の道を歩みながら、わたしたちは「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順」であったかたを思い起こします。この回心の時、わたしたちは自分の信仰を新たにし、希望の「生きた水」をくみ、開かれた心で、自分をキリストにおける兄弟姉妹にしてくださる神の愛を受け取りたいと思います。復活徹夜祭には、洗礼の約束を更新し、聖霊の働きにより、新しい人間として新たに生まれます。四旬節の旅は、キリスト者の旅全体がそうであるように、復活の光にすでに余すところなく照らされています。復活の光は、キリストに従いたいと望む人の心と姿勢と選択を力づけるのです。  (中略)


1.信仰は、神とすべての兄弟姉妹の前で、真理を受け入れ、そのあかし人となるよう、わたしたちに呼びかけています
 四旬節の今、キリストにおいて明らかにされる真理を受け入れ、それを生きるということは、教会により世代から世代へと伝えられてきた神のことばが、自分に届くがままにすることにほかなりません。この真理は、少数のエリート知識人、上流階級、教養人のための知的構築物ではなく、わたしたちが受け取り、心の知力のおかげで理解できるメッセージです。わたしたちの心は、自分たちが気づく前から愛してくださる神の偉大さに向けて開かれているのです。その真理は、まさしくキリストです。わたしたちの人間性を最後まで身に受けてくださりながらも、道となられたかたです。険しくも、すべての人に開かれている道なるかた、いのちである神の充満へと導く道であるかたです。 (中略)


 四旬節は信じる時、つまり神をわたしたちの人生に迎え入れ、わたしたちと一緒に「住んで」いただく時です。断食とは、自分を束縛するものから、あふれ返る情報――その真偽はともかくとして――や商品から、わたしたち自身を解放することです。すべてにおいて貧しくとも「恵みと真理とに満ち」、わたしたちのもとに来られるかた、救い主である神の独り子に心の扉を開くためにです。

2.希望はわたしたちが歩み続けられるようにしてくれる「生きた水」です。
 井戸端で、水を飲ませてほしいとイエスから求められたサマリアの女は、「生きた水」をわたしは与えることができるとイエスが伝えても、それを理解できません。当然ながら、彼女はまず、物質としての水を考えますが、イエスは聖霊のことをいっておられます。過越の神秘によってイエスが豊かに与えておられる聖霊、裏切られることのない希望を注いでくださるかたです。イエスはすでに、ご自分の受難と死を予告する際に、「人の子は三日目に復活する」といって、希望を告げておられます。イエスは、御父のいつくしみによって開かれた未来について話しておられます。主にあって希望し、主に感謝することは、わたしたちの過ち、わたしたちの暴力や不正義、愛なるかたを十字架にかける罪によって歴史は閉じられるのではないと信じることです。それは、開かれたみ心から、御父のゆるしをくみ出すことなのです。(中略)

 四旬節の間、わたしたちは「人を辱めたり、悲しませたり、怒らせたり、軽蔑したりすることばではなく、力を与え、慰め、励まし、勇気づけることばを使うよう」、いっそう気をつけなければなりません。時には、「無関心がはびこる中で、自分の心配事や急ぎの用事を脇に置いて、相手を気遣い、微笑みかけ、励ましのことばをかけ、耳を傾けるために時間を割くことのできる優しい人」になるだけで、希望を十分に与えることができるのです。

 精神を集中し、静かに祈る中で、希望はひらめきとして、また心の光として与えられます。わたしたちの使命における、試練や選択を照らす光です。ですから、祈りに集中し、優しい御父と隠れたところで会うことが必要なのです。

 希望をもって四旬節を過ごすこと、それは、神が「万物を新しくされた」新しい時代を、イエス・キリストにおいてあかしする者であると自覚することです。つまり、十字架の上でご自分のいのちを差し出し、三日目に神によって復活されたキリストの希望を受けて、「抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるよう備えて」おくことです。

3.愛は、一人ひとりを気づかい思いやりながら、キリストの足取りをたどって生きることであり、わたしたちの信仰と希望の至高の表現です。
 愛は、他の人がよい方向に向かうのを見て、喜びます。だれかが孤独、病気、住む場所のない状態、侮辱、貧困などによって苦悩していれば、愛も苦しむからです。愛は心の躍動であり、それがわたしたちを自らの外へと出向かせ、分かち合いと交わりのきずなを築くのです。

 「人類愛から始めるなら、だれもがそこに招かれていると感じられる、愛の文明に向けて進むことができます。愛は、そのすべてに及ぶダイナミズムをもって、新しい世界を築くことができます。愛とは、何も生み出さない感情ではなく、すべての人にとって有効な発展の道を得る最高の方法だからです」。     (中略)

 愛をもって四旬節を過ごすことは、新型コロナウイルスのパンデミックゆえに苦しむ人、切り捨てられた人、不安の中にいる人を世話することです。明日をも知れない状況の中で、神がご自分のしもべに言われたことばを思い起こしましょう。「恐れるな、わたしはあなたをあがなう」。わたしたちが愛のわざをもって、信頼に満ちたことばをかけ、子として神に愛されているとその人が感じられるようにすることができますように。

 「愛によって視界を変えられたまなざしさえあれば、他者の尊厳に気づけるようになり、貧しい人は、そのはかり知れない尊厳のままに認められ、大切にされ、その人らしさとその文化ごと尊重され、真に社会に溶け込めるようになります」。

 親愛なる兄弟姉妹の皆さん、人生のあらゆる場面が、信じ、希望し、愛する時です。回心し、祈り、財貨を分かち合う道として、四旬節を過ごすよう求めるこの呼びかけは、今も生きておられるキリストからもたらされる信仰と、聖霊の息吹によって駆り立てられる希望、そして御父のいつくしみ深い心をその尽きることのない泉とする愛を、共同体および個人としてのわたしたちの記憶に呼び起こす助けとなるでしょう。

 十字架の下でも教会の中心でも忠実なかた、救い主の母マリアが、思いやりにあふれる姿で、わたしたちを支えてくださいますように。また、復活した主の恵みが、復活の光に向かって歩むわたしたちとともにありますように。   
                ローマ サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂にて
 

   「新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り」
          2020年4月 日本カトリック司教協議会認可

Popes Crest
フランシスコ教皇訪日記念ミサ

『今月のメッセージ』 2021年 2月


リモートを通じて感じたこと」 


    神の愛を証しする力を育てる部門 
新貝元一

よきサマリア人

  医療・福祉の現場でコロナ感染の拡大が問題になっており、今も面会の禁止はどの施設でも継続しています。ケアマネジャーの仕事をして様々な施設にうかがっていますが、どの施設の職員さんも、外出の自粛や感染予防対策に気を使っており、この状態が1年以上続いている状態です。本当にお疲れ様です。
 
 私の職場においてもリモートでの研修や会議が多くなってきました。わざわざ現場に行かなくても会話や勉強ができるので、便利だなと感じることが多いです。リモートで利用者と対話ができたらどれ程楽だろうなと思ったことは何度もあります。しかし高齢者の支援においては、そう簡単にはリモート化は進みません。操作ができない。ネットがつながっていない。そもそも機械がない。極力接触を少なくする努力はしたものの、結果的に実際に現場に行き、対面して話をするしか手段はなく、コロナ禍においても、通常通り訪問し相談の対応をしてきました。
 
 いままで当たり前のように人と接してきましたが、電話やネットという手段を生かしていこうとした時、どうしても足りない情報が出てきました。「困ったこと」の大半は人の感情面にあり、実際に接する機会を作らないと、大切な温度感・におい・微妙な表情の変化を感じ取ることができません。そこから得られる情報が非常に大事になることが、今回の感染対策を意識した際に再認識できました。
 
 この1年で年相応の物忘れだった人が急激に認知症が進んでしまったという相談が急増しました。話を聞くと、「感染が心配で外に出るのを控えていた」「今までのサークルが活動休止になってしまった」というのがきっかけとなった人が多いようです。人は物理的に孤立すると精神的にも孤立して不安になる。不安から自分の気持ちを守るために脳の働きを鈍らせるのだろうと思います。

 ピュー研究所の調査によると、コロナ禍で教会が閉鎖になっている期間、一層信仰が強まったという人が多かったという結果が掲載されていました。神様とのつながりは、物理的なものではなく、精神的なものなのだと思います。教会に行く機会が減ってしまった今だからこそ、祈りを大切にすることが、精神的孤立から解放され、生活に本当の豊かさや健康をもたらしてくれるものと思います。

 「わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。 信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。 あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。」(ヤコブの手紙1:2-4)

 先が見えない時代だからこそ、神様から一番大切なことは何なのか、改めて考えて行くチャンスを与えられたと感謝して、本当の豊かさを探していきたいと思います。

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更新履歴

2018.05.01

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カトリック静清地区共同宣教司牧委員会