聖書とカーネーション

今月のメッセージ

教皇メッセージ

教皇フランシスコ
 2021年復活祭メッセージ(2)     
      (ローマと全世界へ2021年4月4日)

 
 復活されたイエスは、長い間、学校にも大学にも行けず、友達にも会えない若者の皆さんの希望でもあります。バーチャルな人間関係だけでなく、直に人とかかわることは、だれにでも必要なことですが、人柄や性格が形成される時期にはなおのことです。先日の金曜日に行われた子どもたちの十字架の道行では、そのことを実感することができました。わたしは世界中の若者に寄り添います。そして今、ミャンマーで民主主義のために奮闘し、自分たちの声を平和的に届けようと努めている若者のとりわけ近くに寄り添います。愛だけが憎しみを一掃できることを彼らは知っているのです。

 復活されたイエスの光が、紛争や貧困のために逃れてきた移住者の再生の源となりますように。彼らの顔には、ゴルゴタの丘を上られる主の、苦しみでゆがんだ傷ついた顔を見いだすことができます。連帯と人類の兄弟愛の目に見えるしるし、死に対するいのちの勝利のあかしが、彼らに欠けることがありませんように。その勝利をわたしたちは今日、祝っているのです。苦しみのうちに避難先を探し求めている人を寛大に受け入れている国々に、とくにシリア内戦からの避難民を大勢受け入れているレバノンとヨルダンに感謝します。

 出会いと共存と多元主義の地となるという召命をもちながらも、困難で不安定な時を過ごしているレバノンの人々が、復活された主に慰められ、国際社会から支援を受けることができますように。

 わたしたちの平和であるキリストが、内戦により引き裂かれ、大勢の人が非人間的な生活を強いられている、愛するシリアの内戦に終止符を打ってくださいますように。また、人を押し黙らせるとんでもない静寂によって実情がもみ消されているイエメンと、十年にわたる血にまみれた対立や争いから脱する道をやっと見つけたリビアでも、争いを終結させてくださいますように。すべての当事者が、争いを終わらせ、紛争で疲弊しきった人々が平和に暮らし、自国で生活を立て直せるようにするために、具体的な措置をとりますように。 (中略)

 あまりに多くの戦争、あまりにも多くの暴力行為が世界中で今も行われています!わたしたちが争いに傾きがちな考え方を克服できるよう、平和の主が助けてくださいますように。捕虜となった人々、とくにウクライナ東部とナゴルノ・カラバフで捕らえられた人々を、主が無事に家族のもとに戻してくださいますように。また、最新の武器の開発競争に歯止めをかけるよう、世界中の指導者を促してくださいますように。今日、4月4日は国際地雷デーです。人の目を欺くこの恐ろしい武器は、大勢の無実の人を殺傷し、ときには障がいを負わせます。地雷は、人類が「破壊と死の脅威におびえずに、いのちの道をともに歩む」のを阻んでいます。こうした死の武器がなければ、世界はどんなによくなることでしょう!

 兄弟姉妹の皆さん、今年もまた、さまざまな地域で、多くのキリスト者が厳しい制約のもとに復活祭を祝っています。ミサにあずかれないことすらあります。それらの制約と、世界における礼拝と宗教の自由に対する制約が解かれ、すべての人が自由に神に祈り、神をあがめられるよう祈りましょう。

 多くの困難の中にあっても、わたしたちはキリストの傷によっていやされていることを忘れないでください。わたしたちの苦しみは、復活された主の光の中で変わっていきます。死のあったところに、今はいのちがあります。死を悼む悲しみのあったところに、今は慰めが満ちています。イエスは十字架を受け入れ、わたしたちの苦しみに意味を与えてくださいました。さあ、そのいやしの恵みが世界中に広まるよう祈りましょう。ご復活おめでとうございます。 

   「新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り」
          2020年4月 日本カトリック司教協議会認可

Popes Crest
フランシスコ教皇訪日記念ミサ

『今月のメッセージ』 2021年 6月


  「祈りとの出会い」
                         
  
      「自ら祈る力を育てる部門」 
大瀧益世

和野神父

 昨年退職し、夫と二人で早朝の散歩を始めてから、9か月が過ぎようとしています。5時過ぎに家を出て6時には戻る40分~50分、近所の秋葉山公園や巴川の川岸を巡る軽い散歩です。始めた夏の盛りには日の出と野鳥の飛ぶ姿を見ながらの散歩でしたが、やがて秋も深まり冬が近づくと、夜明け前、星空を見ながら歩くようになりました。その星々も早朝ですので、子供のころから夜に見慣れた秋や冬の星座ではありません。ヨブ記(38:31)に「なんじ、昴宿の鏈索(くさり)を結びうるや、参宿の繫縄(つなぎ)を解きうるや」と記されている冬の星すばるとオリオン座はすでに西に傾いています。代わりに春の星座、しし座とおとめ座が上っています。不思議な光景でしたが、こうして星を見ていると、私が見上げることがなかった間にも、旧約の時代から変わることのない時が流れているのを感じます。いつしか一日の初めの散歩の時間を祈りの時にしたいと思うようになりました。

 その頃、10月の初め、「自ら祈る力を育てる部門」で2021年度に「祈りのヘルパー養成講座」の企画を始めるにあたり、イエズス会の植栗神父様にお目にかかる機会がありました。そして新型コロナ感染拡大の影響もあり、近くの静岡サレジオで開かれたサダナ黙想会に参加することができました。サダナでは、植栗神父様から「ごく短い言葉で、呼吸に合わせて祈ること」を教えていただきました。そして聖書に入る前のエクササイズとして「頭で考えることから離れる体験をすること」もできました。なかなか集中できない私に、参加されていた先輩が「いろいろな考えが頭に浮かんだときは、『これは違うこれは違う。』と頭の中で振り払うんだよ。」と教えてくださいました。

 「朝の時間にそんな祈りも始めてみよう。」とこの時から日課と祈りが繋がっていきました。その後、12月の初めに聖書の祈り(レクチオ・ディヴィナ)の体験会を開催することができました。グループになり、ろうそくを灯し、進行役の人に従ってゆっくりゆっくり聖書を読んでいくと、日ごろ読み過ごしてしまうような聖書の言葉や短いひと言に呼び覚まされた一人ひとりの祈りを分かち合うという経験をしました。こうしてサダナとレクチオ・ディヴィナの体験会は私にとって新しい祈りとの出会いになり、日々の生活に入り込んできました。

 今日も私は、過去の失敗を悔やみながら、明日の不安にとらわれながらですが、余分な考えを振り払い振り払い、短い祈りの言葉と共に歩いています。年明けからは夏の星座、さそり座や七夕の三星が現れました。3月に入ると日の出の時間がどんどん早まり、毎日新しい太陽が昇るようになりました。

ロザリオの祈り


神様の子どもたち


祈りの灯


更新履歴

2018.05.01

新規公開しました。

カトリック静清地区共同宣教司牧委員会